田中阿季羅が白金堂にまつわる様々な話をお届けします。

2012年5月アーカイブ

持続の力

 近頃、短期間に成果をあげることが求められるためか、世の中全体が焦って前のめりになり、浮き足だっているような感がある。

 

「頭に血が上り 焦りに焦っても ろくなことはない」

 こうした風潮を目の当たりにするとき、いつも思い浮かべるエピソードがある。今を去ること千数百年、魏晋(ぎしん)の著名人の逸話集 『世説新語(せせつしんご)』 に見える王術(おうじゅつ)という人物の話である。王術は政治手腕のある有能な人物だが、極端なせっかちであった。ある時、ゆで卵を食べようとして箸で突き刺したが、うまくいかず、激怒して卵を床に放りなげた。すると卵は床をコロコロ転がって止まらない。ますます腹を立てて下駄で踏んずけようとしたが、またうまくゆかない。そこで床から拾い上げ口に入れて噛み砕くと、腹立ちまぎれにすぐ吐きだし、せっかくのゆで卵を無駄にしてしまったというものだ。まったく頭に血が上り、焦りに焦ってもろくなことはない。

 

「エネルギー蓄え 2年かかって みごと開花」

 それはさておき、先月末、我が家で三鉢の牡丹が絢爛と花開いた。このうちピンクの牡丹は購入した一昨年春には、大輪の花をたくさん咲かせたが、花が終わるとすっかり衰えた。徐々に勢いを回復し、昨年春には元気に葉を茂らせたけれども、ついに花は咲かなかった。かくしてまた一年、今年は目を見張るような大きな花芽をいくつもつけ、すべてみごとに開花して、他の牡丹よりずっと長く咲きつづけた。けっきょく、このピンクの牡丹は二年かかってエネルギーを蓄え、開花したのである。驚嘆すべき持続力というほかない。

 ちなみにこのピンク牡丹のみならず、準備期間をへて地道に力を蓄え、隔年もしくは、二、三年ごとに開花する植物も少なくない。けなげな努力をつづける植物を眺めていると、性急に開花という結果を求めてはならないと、つくづく実感される。

 

「おりにつけ 数センチずつ 編んだストール」

 持続力といえば、三年前、九十五歳で他界した私の母は編み物が好きで、暇さえあればストール、マフラー、ベストなどを編んでいた。その母の最期の大作は、複雑な編み方をした大きなストールであり、折につけ数センチずつ編みつづけ、数年がかりで完成にこぎつけた。私は今でも真冬、ちょっとそこまでなら、母の持続力の結晶ともいうべき、このストールにすっぽりくるまって出かけることが多いのだが、実に暖かく快適である。

 「愚公(ぐこう)山を移す」 (『列子』湯問篇) という成句がある。北山(ほくざん)愚公なる老翁が息子や孫とともに、家の前に立ちはだかる二つの高山を切り崩そうと、倦まずたゆまず作業しつづけたという話にもとづくものだ。私自身とはいえば、昔は早く完成させたいと、やっきになりがちだった。しかし、大作の翻訳などはどんなにあせっても一朝一夕に仕上げることはできず、最近は母の編み物がその典型であるように、「愚公 山を移す」 の積み重ねしかないと思い、持続を旨とするようになった。そんなこともあって、めまぐるしい時の変化に左右されず、むかしながらの地に足の着いた持続力を保ちたいと思うことしきりである。

 

京都新聞 「日本人の忘れもの 京都、こころ ここに」 

中国文学者 井波律子さん の言葉

 

 

00007674.jpg『錆絵染付藤図向付』 

酒井抱一と江戸琳派の全貌

 先日、細見美術館で琳派展XIV 生誕250年記念展を観てまいりました。江戸に生まれた酒井抱一は、 俵屋宗達・尾形光琳 らの伝統的な京都の琳派にに強く傾倒しながら、江戸後期に新たな試みや洗練を加えつつ、「江戸琳派」 として確立しました。

 展示作品の中では、より華麗で写実的に描かれた花鳥図の数々に加え、抱一の最も有力な弟子 「鈴木其一」 や 「池田孤邨」 などの100年以上にわたる江戸琳派の活躍の軌跡を知る貴重な機会となりました。

 

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